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TRIAL手帖+Kotna-Tona BTR
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TRIAL手帖+Kotna-Tona

 かつて丹沢・宮ヶ瀬・道志などでBTR競技会を開催。その後、50・80(小排気量)練習会・競技会開催を目指すも資金不足で断念。トライアルも引退。2011年7月1日に移住完了。今は大洋村在住。  2016年1月8日トライアル用品『ことな・とな』再活動。

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BTR

☆ 自転車動画についてのコメントの返事を書いたら、悔しさが募って来たので記事を書きます。

 吾輩がBTRを始めたのは39歳のときです。
物は何て云いましたっけ・・

 漸く思い出しました・・丸石モンテッサですね。
匠君とか、多分ルジャーンの弟のエリック・ルジャーンが乗ってた奴です。
欧州人は純粋なモンテッサかな・・?

 その後、モンティJAPANの平野さんと契約して販売してましたので、クロモリの219になり、軽かったので変更だけでレベルアップ。(これはオートバイでも一緒ですね)

 販売に関しては、貧しくて夢も希望もない生活でしたので、開き直って焼け糞でトライアル用品の販売をしてました。
これは今年に入っての吾家も一緒です。(販売を始めました)

 主にBTR用品の販売でしたが、これは資金がなかったから(資金は0円・・というよりも借金があったかも知れません)、本当はオートバイをメインにしたかったけど、それは無理でした。

 それでも黒山エンジニアリング、加藤文博さんや、丸山胤保さん、亜路欧、Ethos、BOSCO、その他・・と取引させていただいてました。

 その後、オールアルミの221も使用しましたが、これは息子のマシンでした。
ちょっと乗ったけど、バニーホップが簡単に出来たことを覚えています。

 
 まあ、何だかんだその当時の話はありますけど・・
兎も角、初めの三年は日に三時間以上は練習しました。
その後は、試合開催で練習出来なくなりました。

 当時出来ていたテクニックは、フロントホップ、リアホップ、ジャックナイフ、リアウィールホッピング(ダニエル)、ダニエル跳び(飛びと云うほどではない)、ウィーリーターン、エアターン(180度)、ウィリー(数メートル)、パラレル、パラレル降り、オッピ(オットピ)、バニーホップ・・

 それが、今は何も出来ません。
『醜態Ⅱ』にある様に、ずっと出来ると思って我慢して、やっと手に入れた普通の26インチMTB・・乗ってみたら、驚愕の事態。

 多分、同じ26インチでもトライアル車に乗れば、もう少し出来ます。
20インチのトライアル車なら、もっと出来ます。
右足が治れば、昔に近く普通に出来ます。

 果たして時計を巻き戻すことが出来るのか・・・?!!!!

 タイムマシンは存在しないと思っているので・・
少なくとも未来へは行けるけど、過ぎ去った過去には行けないと思っているので・・
そうでしょう・・惑星・恒星・宇宙の運行が逆転することはあり得ない。
無理・・かなあ。

 それでも何とか達成したいと思う今日この頃ですが・・

 その割には努力しない吾輩でした・・・

 続く・・


(いやあ・・当時の動画がないんだよね~、ひとのは撮っても自分のはない)






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